2009年06月27日
赤坂から紀尾井町・その1
赤坂見附跡
「赤坂見附跡」
江戸城の外堀を守備する為の見付け門の跡。
江戸城には、内・外堀併せて36ヶ所の門があったと云う。
その内の一つで、外堀の警備門的な役割があり、
江戸城への敵の侵入を防いだり、見張りをしたりした施設で、
「見付」と呼ばれた。
赤坂御門の石垣跡
見付は、二つの門を直角にして配置され「枡形門」の形式を
取っていた。写真の銘板の右側奥は高麗門。明治時代の風景。
今は、外堀の内側には赤坂プリンスHが聳えている。
赤坂見附の左手方向の紀尾井町にはHニューオオタニがある。
赤坂の繁華街方面を見る。国道246号、青山通りから。
写真左手は永田町方面(近くに東京メトロ・永田町駅)
夜になると、飲食店やホテルのネオンでまぶしくなる。
早朝に散策すると、歴史的跡地が銘板や碑で説明されている。
特に、江戸幕府から近代史にかけての歴史的跡地が多い。
「赤坂見附跡」
江戸城の外堀を守備する為の見付け門の跡。
江戸城には、内・外堀併せて36ヶ所の門があったと云う。
その内の一つで、外堀の警備門的な役割があり、
江戸城への敵の侵入を防いだり、見張りをしたりした施設で、
「見付」と呼ばれた。
赤坂御門の石垣跡
見付は、二つの門を直角にして配置され「枡形門」の形式を
取っていた。写真の銘板の右側奥は高麗門。明治時代の風景。
今は、外堀の内側には赤坂プリンスHが聳えている。
赤坂見附の左手方向の紀尾井町にはHニューオオタニがある。
赤坂の繁華街方面を見る。国道246号、青山通りから。
写真左手は永田町方面(近くに東京メトロ・永田町駅)
夜になると、飲食店やホテルのネオンでまぶしくなる。
早朝に散策すると、歴史的跡地が銘板や碑で説明されている。
特に、江戸幕府から近代史にかけての歴史的跡地が多い。
Posted by SPC太郎 at 18:05│Comments(0)
│雑感